謝楽祭「俳句」募集要項

平成29年『謝楽祭』俳句募集総評

『謝楽祭』俳句募集総評

選句 
林家時蔵、林家正雀、金原亭世之介、大瀬うたじ

第三回「謝楽祭」俳句募集ご応募ありがとうございました。投句は昨年二百五〇句余りをはるかに越える三百五十九句の作品が集まりました。選句は無記名句を全員で投票し票の多かった句を話し合いで決めました。今回は特に選句にあたり苦労もひとしおでした。「扇子」「柿」は名句が多い兼題だけに作句に苦労された方も多かったようです。「寄席」に関する俳句は寄席を愛するあまり一人で二十五句も投句された方がいらっしゃいましたが、他にも何句も投句される方が多く。選者側から「皆さんの心意気を受け取りましょう」と言う事で全句を受け付けました。しかし本来は兼題ひとつに投句一句ですので、来年は「全句で三句」最高の句だけ厳守でお待ちいたします。
さて今回も皆様の心持がひしひしと感ぜられる作品が多く集まりました。しかし昨年のように芸人を唸らせるような作品は少なかったかもしれません。是非来年は寄席芸人だからこそ震えるような作品をお待ちしております。
今回は「扇子」「柿」「寄席」各兼題に
「天」一句
「地」二句
「人」三句
そして全句から「佳作」十句を選ばせていただきました。

扇子

parts_ten 立ち合いの力士の向こうの扇子かな ハイカーしん(中川伸)
地の句 秋扇しばし眠れと箱の中 杉田将一
寝ころがる子の手は小さき赤扇 松坂充貴
人の句 噺家の扇子虚になり実になり 林清吉
白扇に大志の二文字若き棋士 金子治夫
エアコンのきいた和室にある扇子 杉本紘也

「扇子」の事を噺家は「かぜ」と呼んでいます。多分風を送る道具から付いた符丁だと思います。しかしこの携帯風送り機は実に素晴らしく出来ていて平安時代以前の日本人の発明なのです。やがて扇子はあおぐだけでなく礼式、踊り、贈呈などコミュニケーションのツールになりました。
さて「天」に抜けた「立ち合い」の句です。他を圧倒して「天」となりました。相撲の立ち合い「待ったなし」の軍配が返る。その直後の緊張感を「扇子」を使って表現した稀な秀句と言って良いでしょう。力士の立ち合いの空気の止まる瞬間を、動きが止まった扇子で「力士の向こうの扇子かな」と「かな」の切れ字だけで表現したあたりは感動しました。地は「秋扇」の句です。落語協会では毎年八月十一日の圓朝忌に扇子供養を行っています。噺家は扇子への愛情はひとしおです。一年中使う噺家とは違って一般の方は初夏に扇子を出し秋には仕舞うのでしょう。扇子に対する愛情と「しばし眠れ」の言葉に作者自身の人生の休息も詠まれています。もしかしたら舞扇なのかもしれません。秋扇の季語の寂しさが見事です。「寝ころがる」の句。落語「子褒め」に、竹さんの赤ん坊の手を「紅葉のようだ」と褒める八つぁんがいます。一般的には赤ちゃんの手は「紅葉」です。しかしそれでは面白くない。この句の機微は赤ん坊の手を「赤扇」とした事です。そこがこの句の優しさと他に例のない表現となりました。噺家は「かぜ」を使って落語の中で沢山の表現をします。「噺家の扇子」はここに目を付けました。同じ内容の句はかなりありましたが、リズムと表現で他を抜いていたのがこの句です。「虚になり実になり」の表現は簡潔でいて噺家の芸への尊敬が感じられました。「白扇に」は将棋界のプリンス藤井四段を踏まえた句です。踏まえた句と言うところが巧いのです。二十九連勝をした若き天才への尊敬句は数多くありました。大切なのは何十年かたってこの感動が忘れられても句がしっかりと成り立って居るかと言う事です。この句の良さはそこです。今は藤井四段への称賛ですがこれからも現れる全ての若き棋士に対する称賛がこの句にはある。ここが素晴らしいところです。「エアコン」の句は何でもない句に感じますが「エアコン」と言う近代機器と「扇子」と言う平安時代からの道具が和室の中で同じ時代に存在する不思議さを詠んでいるのです。これを見つけた作者が、何とも思わない日常に実は不思議があるのだと下五に「扇子かな」とせず「ある扇子」と言ったところに巧さがあります。この扇子は涼を楽しむ物から礼式や祝の道具に姿を変えて存在している日本文化への称賛と不思議が感じられるのです。句の贅肉をそぎ落とした秀句です。
ほかにも素晴らしい「扇子」の句は有りましたが以上秀句に抜けた六句でした。

parts_kaki

parts_ten 干し柿や父には父の貌ありて 梅田華露(大沢のり子)
地の句 木守柿ロマンのやうに火のやうに 河野公世
野良仕事空片隅に柿見っけ どうしゅん(高橋道春)
人の句 人形のかわいい座布団柿のヘタ 仲本圭吾
直虎の井の国はみな柿若葉 岩崎五郎
着物好き粋な柿渋背伸びけり 福夢(福原幹子)

「柿」の句はかなり評が割れました。有名俳句の柿のイメージが強すぎたせいか、似た素材の投句が多かったかもしれません。その中でも天の句の「干し柿や」は作者独自の世界観が好評でした。上五を「干し柿や」と切り二句一章で父の面影を下五で「貌ありて」と「て」の字にしたのも巧い。漢字も「貌」と「顔」では少しニュアンスが違います。貌は風貌などの様子を表しますから余計に想い出感が深まりました。季語も柿よりも干し柿に父の深い想い出と温かさを感じさせる句になりました。「木守柿」の句は沢山ありましたがこの句は秀逸でした。中七下五の「ロマンのやうに火のやうに」が作者の心情です。心の中にぶら下がる後悔をひとつひとつ捥いでゆくその中に残る人生のロマンと炎。それを御法の神にささげる木守柿との二句一章に仕上げました。さりげない言葉を巧みに組み合わせる巧みさは毎年賞に入るさすが河野公世さんです。ちなみに柿は秋の季語ですが木守柿は冬の季語になります。「野良仕事」の句は空にある柿の実ひとつの情景です。これも多かった作品ですが俳句の景が他の作品より際立っていました。一仕事終え腰を伸ばした姿までが浮かびます。下五の「柿見っけ」に作者の野良仕事への楽しさが感じられました。「人」の句の「人形の」の句は中七に「かわいい」と俳句では使いにくい形容詞を使ったことがかえって句を印象深い作品に押し上げました。柿がヘタを座布団にしてる人形に見えた作者。純真さが選者の心をつかみました。「直虎」はNHKの大河ドラマからの句です。「井の国はみな柿若葉」の季語がはまっていますね。俳句は季語が決まるとやはり良い句になります。
「着物好き」は背伸びしてでも着たい柄がある着物好きの作者を詠んだ句です。我々も若いころに師匠の着ているような渋い着物をわざわざ着た時代がありました。気が付けば渋い柄しか似合わない選者たちですが、思い出と経験が票を集めたようです。

寄席

parts_ten 噺家の刈り立て似合う夏まくら 伊澤正孝
地の句 寄席帰り秋刀魚を二匹カゴに入れ 田島幸子
走り梅雨笠碁とともに小さん逝く 石川忠
人の句 秋晴れに行く当てもなく寄席に居り 剽山(細井邦生)
ビール持ち縁側で聴くラジオ寄席 鹿澄(望月和美)
鬼灯市雨に駆け込む寄席の木戸 苺大福(伊藤恭子)

「寄席」と言うと噺家の名前を詠みたくなるのでしょうが余程上手く詠まないと我々の心は動きません。俳句は季語や言葉の持つ力で心が動かされるものですからその作り方が重要です。「天」の句はまさにそれでした。「噺家の刈り立て似合う」は装飾品を外して扇子と手ぬぐいで勝負する噺家のプライド的清潔感を称賛する敬意がツボを得ました。下五の「夏のまくら」と外したあたりも巧い。ここに落語のネタ、例えば「青菜かな」とか入れてしまうと俳句の粋が無くなってしまうところでした。本題でない「まくら」とした事で高座に上がったばかりの勢いが感じられました。今年の謝楽祭ならではの句はこの一句でした。よく落語の「時そば」を聞くと「寄席帰りにそばを食べたくなる。」なんてことを聞きます。このタイプの句もやはり多く投句されました。「寄席帰り」の句はその中で秀逸の句でした。「秋刀魚を二匹」と「カゴに入れ」が良い。俳句で数を詠むときは意味がなければなりません。正岡子規の「鶏頭の十四五本もありぬべし」の数についての論争は俳句界を二分したほどです。作者が寄席で聴いたのは「目黒の秋刀魚」でしょう。「秋刀魚を二本」には侍の二本差しのイメージが感じられます。そしてお代わりをした殿様の姿も二本と言ったおかげでくっきりと見えて来るのです。「カゴ」もカタカナにしたおかげでスーパーのカートが見えるようです。作者がさりげなく置いた素晴らしいイメージです。「走り梅雨」の句は五代目柳家小さんの命日五月十六日に走り梅雨を合わせた句です。そこに小さんの十八番「笠碁」を配置しました。小さんは「笠碁」だけでなく沢山の芸とともに逝ってしまったわけですが、哀しさの代表として「笠碁」を置きました。噺家の名前を入れた句の中では一番でした。ちなみに小さんの「笠碁」の背景は秋の長雨である事を記しておきます。
「秋晴れ」の句は芸人たちのお客様に対する憧れの姿なのです。ただふらっと寄席を楽しんでほしいのです。こんな願いからか句のふんわりとした優しさが伝わってきます。秋晴れの季語と寄席の温かさと作者の心持が一致した一句です。
「ビール」の句は昭和のノスタルジーです。ビールと縁側句は世に溢れていますが「ラジオ寄席」との取り合わせが巧い。昭和の時代の夏は縁側が活躍しました。ラジオから志ん生、文楽、金馬の落語が聞こえるようです。「鬼灯市」は浅草寺の四万六千日様。雷除けの御札販売のせいか毎年一度は雨が降ります。突然の雨に寄席を訪れるお客様も大切なお客様。木戸で雨宿りのつもりが「いらっしゃいませ」と言われ、入る寄席の景がしっかりと見える句です。しかし何度か読んでいると、初めから浅草演芸ホールに向かっていたところに、通り雨。濡れずに寄席に入れた句にも見えてきました。皆さん俳句と共に寄席も愛してくださいね。


佳作 柿捥ぐや引き込み線の赤信号 池田遊瓜 池田秀夫
ころ柿に喩されている日暮れかな 秀次郎 服部秀次
ばあさんのかくかくむきし柿を食ぶ 大下綾子
ゆれている扇子の先のまつげかな 石田小百合
腐れども醸す香りは柿らしく 鈴木輝
尻青きまま古稀迎へ柿若葉 村松道夫
中澤家熟柿の落ちて静まれり 門未知子
干し柿や糸そのままの祖母便り 柿岡陽樹
ジーパンに日本男児は扇子差す 田中泰彦
ネスカフェに干し柿が付く祖母の家 こまく 柘植勇人

佳作は10作ですが惜しくも佳作に止まったものばかりです。そして佳作10作ではもったいない句が多いため入選を設けました。入選作も素晴らしい作品ばかりで本当に選句者泣かせでした。

入選 売れ残る扇子買ってる恋秋思 萩原正臣
新盆や扇の形した御菓子 北村柊
柿とりの竿定まらず雲の行く ハイカーしん 中川 伸
五輪には実の成る筈の柿五尺 林 清吉
柿衣御法あまねく旅路かな 長井眞子 余利子
吹き出した寄席のサイダー6ダース 仲本圭吾
小三治のひと言待てり遠花火 こまく 柘植 勇人
プルタブを前座の声でプシッとな 星野海泡石 星野 淳
掛取りの噺で暮れる人形町 石川忠
扇子絵の古地図を歩く原爆忌 秀次郎 服部秀次

今年惜しまれつつ亡くなった大先輩の噺家三遊亭圓歌師匠を偲ぶ追悼句も多くありました。本当にありがとうございました。また来年も謝楽祭俳句応援よろしくお願いいたします。

代表評 金原亭世之介
俳号 皂角子(さいかち)

平成29年9月3日