令和3年『謝楽祭』俳句募集 総評

令和3年『謝楽祭』俳句募集  総評

『謝楽祭』俳句募集総評

謝楽祭選句 金原亭世之介

コロナの影響で配信のみの「謝楽祭」と成りましたが今年も「謝楽祭俳句」募集をさせていただきました。急な募集期間やコロナ禍の中でしたが沢山のご応募いただき誠にありがとうございました。本年度は百十八句の作品が集まりました。選句は無記名句を九月十二日「謝楽祭」当日生配信に来られた師匠らに厳選して頂き票の多かった句を討議し「天」「地」「人」「佳作」に決めさせていただきました。兼題「月」は俳句の季語の王道「雪月花」のひとつ。秋の季語として世の中にあふれる名句の兼題でしたから作句の苦労を感じさせる作品も多く、我々も選句に苦労をいたしました。「座布団」「三味線」は寄席のアイテムのひとつですから、高座の上で扱われる様子を詠んだ句が目に留まりました。もちろん「謝楽祭俳句」は芸人を唸らせ、感動させる作品を求めるところがありますから。おおいに結構な訳で是非今後も寄席に足を運んでいただき、寄席吟行をして秀句をお作り戴けたら幸いです。また選句されるものが同一作家に偏る傾向もありました。それはそれで仕方ない事ですが同一作家が入選していた場合は佳作とさせていただきました。俳句の基礎さえ学べば素敵な作品になる名句への途上作品が今回も沢山あって頭を悩まされました。俳句ワークショップを開く企画もありましたがコロナの為保留。まずはコロナが明けてまた湯島天神での「謝楽祭」が開かれるまで期待してお待ち下さいませ。これからも「謝楽祭俳句」が寄席や俳句への興味の入り口になってくれる事を祈りつつ。来年も寄席芸人を唸らせる作品をお待ちしています。

兼題「月」「三味線」「座布団」
各兼題
「天」一句
「地」一句
「人」一句
「特別賞」全句から一句
「佳作」十四句
を選ばせていただきました。

『三味線』

parts_ten 三味線の聖歌や紙切りはサンタ 素数(奈良雅子)
地の句 望の月坂と老姑と三味線と 河野公世
人の句 三味線や太夫も秋刀魚も舞ふ高座 しんしん(西田進志)

「三味線」は投句が一番少なっかった兼題です。寄席では定番の三味線も一般生活ではあまり身近でなくなった為普段の句会でも「三味線」を詠んだ句にはあまり出会えません。それだけ難しかったのかもしれません。その中で「天」に抜けた紙切りの句は芸人の心を捕らえました。寄席ファンの方々ならご存知の通り、お客様からのリクエストの即興で切られる作品は寄席でお土産として持って帰れる唯一のプレゼントです。「クリスマス」のリクエストに即興で弾かれたお囃子は「聖歌」。その三味線に合わせ紙切りの正楽師匠が体をゆすりながら切る紙きりの作品はまさにサンタさんからのプレゼントですね。噺家にとって三味線は出囃子としての音楽ですが、紙切りや太神楽にとっては高座で鳴り続ける芸と一体のアイテムです。「聖歌」と「サンタ」は十二月の季語で季重ねですが上手く俳句に溶け込んで私は気に成りませんでした。上の句が九文字、下が八文字のリズムがそうさせているのかもしれません。冬には少し早い気もしますが。これがかえって気を引く句になったのかもしれません。「地」の「望の月」の句は巧みな句ですね。「望の月」「坂」「老姑」「三味線」と四つも名詞を入れて詠まれています。この句は「望の月」とあと三つの名詞との二句一章です。「坂」と「老姑」と「三味線」が同格で物語を作っています。落語の三題噺が直ぐにでも出来そうなほどの三名詞です。そして作者の感情は上五の「望の月」です。望の月は「中秋の名月」こんな大きな季語だからこそ三つの名詞をかかえこんで俳句として存在できるのです。坂のある老姑の家から三味線の爪弾き、空には大きな月。皆さんならどんな物語を感じるでしょうか。「人」の太夫と秋刀魚の句。この句の機微は「太夫」と「秋刀魚」です。似つかわしくない二つの言葉。太夫が秋刀魚を食べているのではありません。三味線が鳴って噺家が高座に出てくれば何でも高座に現れて観客の心の中で踊り出す。特に「目黒の秋刀魚」は秋の高座の定番。侍の噺が出れば「花魁」の噺。よくある寄席のパターンかもしれない。それをお客様として感じてくれていたのでしょう。俳句では助詞の「も」の字をあまり使いたがりませんが太夫も秋刀魚もは面白使い方でした。三味線もとしなかったのは三味線やと切れ字にして少し離れた高座の脇のお囃子を意識したのでしょう。

『月』

parts_ten 寄席帰りわらひ分けあふ望の月 菰田道代
地の句 名月やめざす酒屋の遠きこと ハイカーしん(中川伸)
人の句 月光やマスクの主は誰でせう 丸亀丸(丸亀敏邦)

「月」は一番投句の多かった兼題です。「イイハナシ聞いた帰りの丸い月」「噺聴き満たされ月夜歩きけり」など寄席帰りの月を詠んだものが多くありました。その中で「天」に選ばれたた「寄席帰り」の句。同じ態を詠んだ句ですが他の句とどこが違ったのでしょうか。先ずは季語の巧さです。「望の月」とはどんな月でしょう。「もちのつき」は「望月」、「中秋の名月」の事です。丸いだけの月でも普通の月でも在りません。「望月」イコール「良夜」です。しかし名月ではあまりにも肩を張り過ぎている。そこで望の月と柔らかに表現した。この柔らかさが巧さです。俳句では「季語が動かない」などと言うように季語がその俳句を主っている時を良句と考えています。季語がぴったりくると句の感動が読者に伝わって来るものなのです。中七の「わらひ分けあふ」の平仮名の柔らかさも巧い使い方です。「落語は夢の中でおならを踏んずけたような面白さ」と先輩が言いました。この句からは寄席の優しさが伝わってくるのです。さん橋、扇辰、ぴっかり、世之介の票を集め「天」に抜けました。「地」の「名月や」も先の三者と世之介の票が入り「地」と成りました。「花より団子」と言う言葉がありますが、「酒無くて何の人生」と言うように決して酒と物を天秤にかけないのが酒飲み。かの志ん生は関東大震災の時でさえ命そっちのけで酒屋へ走った逸話が残っているくらいです。その酒飲みがあまりの名月に足が止まってしまった。中々酒屋へたどり着けないとは。余程の名月だったのでしょう。酒飲みの票を集め「地」に選ばれました。「人」は「月光や」の句。皆さんもお分かりの通り月光仮面を詠んだ句です。俳句は元々発句と言って季節の挨拶から起ったものです。ですから今を詠んで居る事がとても大切とされています。この句の素晴らしいところは下句の「マスクの主は誰でせう」です。このコロナ禍でみんなマスクをして暮らしています。マスクをしていると本当に誰だか分からない。それがまさに今なのです。月の明かり薄い中でマスクの下はいったい誰なのか?ここが懐かしさだけでなくこの句の機微となって居る素晴らしさです。月光仮面を詠んだノスタルジックな句が他にもありましたが次点でした。残念「三日月に正義託した少年期」

『座布団』

parts_ten 菊切りて高座返しの紙かけら 萩原正臣
地の句 楽屋から座布団までの夏羽織 伊澤正孝
人の句 座布団の四角世界で秋の旅 克燦(松家克)

噺家は入門して前座になると先ず高座返しを教わります。座布団を返してめくりを返す仕事です。知らない人が多いいと思いますが馬風師匠が入門したころは高座返しは前座の仕事ではなかったそうです。みんな自分で返していたと聞きました。また三遊亭圓生が昭和天皇の御前で落語を喋った時は先代圓楽が真打ちで在りながら高座返しをした話は有名です。今回も前座の高座返しを詠んだ句が多くありました。さて「天」の句に選ばれたのは高座返しの句で「三味線」と同じく紙切りの句でした。紙切りのあとの高座返しで切りカスを片付けるのは結構大変な仕事です。細かなカスがあればあるほど時間もかかるので前座は紙の欠片を高座のマイクの穴にそっと落としたりしています。どの師匠もみんな前座だったのですからふとそんな思い出がこの句に心を動かされたのでしょう。しかしお客様からは綺麗に切り上がった作品が心に残っているのですね。細かな紙片も菊の注文だけに破片が舞って美しく見えたのでしょう。ちなみに花の散り方は桜は散る、梅はこぼれる、椿は落ちる、朝顔はしぼむ、そして菊は舞うです。作者からは紙片が菊の花のごとく舞って見えたのでしょう。さん橋、しん平、喬太郎、ぴっかり、世之介の票を得て「天」と成りました。「地」の「夏羽織」の作者は噺家を想像して詠んだのでしょうが、噺家にとっては実感の一句です。楽屋では面白おかしく雑談をしている芸人ですが羽織を着て楽屋から高座までのこの一瞬で集中力のスイッチが入るのです。そして羽織を脱いだ時にはすでに落語の世界へ入り込んでいる。ほとんどの噺家がそうです。夏羽織はとくに高座の寸前に羽織って上がって行くもの。真打ちの落語の緊張感が素晴らしい一句として詠まれました。さん喬、喬太郎、菊生、世之介選でした。「人」は「四角世界」の句。四角いジャングルで闘うファイターのような響きとまるでドラえもんの世界のようにどんな所へも言葉一つでお客様を瞬間移動させる高座。噺家の技量にお客様からのエールを感じました。同点句の多い中最後に選ばれた一句です。おめでとうございます。


吾の筋肉使ひ母立つ月の家 鹿澄(望月和美)

上句の「吾の筋肉使ひ」にすっかりやられました。読み始めてこれは何なんだろうと思っていると「母立つ」とくる。そうかお母さんは足腰が立たないのだと言う事がわかる。そして「月の家」月が見たかった母の姿が哀しくそれでいて優しく見えて来る。上手い句です。私は俳句とは短い小説だと思っています。十七文字から物語が広がる時一冊の短編を読み終えたような感動があるのです。素敵な句だと思います。最初に選んだ句でした。また鹿澄さんは他作品でも入選していたので他は佳作とさせていただきまました。素敵な作品を有難う御座いました。


佳作 寝乱れた様の辛夷や暁の月 海泡石(星野淳)
幟仰げば月ネオンの谷間に 純子(江村純子)
窓開くる尾根ゆく人の月の中 池田遊瓜(池田秀夫)
上席の積まれたままの夏座布団 喜栄子(早乙女喜栄子)
座布団の色は桔梗を思わせる 稲葉美樹
新涼や高座返しも板につき 竜丸(杵渕由美子)
座布団を返す前座にも柿一つ 佐渡朱鷺男(星野喜郎)
座布団をこね白鳥の秋ひとり 朱琳(小粥よう子)
つ離れの座布団仕舞う秋の寄席 こまく(拓殖勇人)
『入選や佳作が重なった作品』
  三味線の皮なき胴の秋思かな 丸亀丸(丸亀敏邦)
階下より三味線語り祖母の秋 鹿澄(望月和美)
鞍馬より牛若丸や夏座布団 ハイカーしん(中川伸)
座布団の並びし披露目豊の秋 素数(奈良雅子)
月めらはひれ伏し満月黒門町 こまく(拓殖勇人)

佳作は9名14作品ですが同点票で惜しくも佳作に止まったものばかりです。次回は是非最優秀賞「天」を目指してご健吟下さいませ。

選句協力
柳家さん喬 林家しん平 柳家喬太郎 入船亭扇辰 古今亭菊生 春風亭ぴっかり☆

代表評 金原亭世之介
俳号 皂角子(さいかち)

令和3年9月12日
一般社団法人落語協会 謝楽祭実行委員会

50.75M